名古屋大学 理学研究科

物性理論研究室 量子輸送理論グループ(S研 Stグループ)

スピン軌道相互作用を介した力学的なスピン流生成機構

 電子が持つ電荷とスピンの工学的な応用を目指すスピントロニクスにおいて、ミクロなスピン角運動量の流れであるスピン流は中心概念の一つとして盛んに研究されて来ました。 特に、電場や温度勾配などを利用した様々なスピン流生成法およびその逆過程について明らかにすることは、スピン流を応用していく上で特に重要な課題として位置づけられています。 その中で、電子のスピンと軌道運動を結びつけるスピン軌道相互作用は、種々のスピン流生成において主要な役割を担ってきました。 近年、私たちにとって最も身近な角運動量である、物体の振動や回転などの力学的な運動に付随するマクロな角運動量から、スピン流を生み出す試みが行われています[1-3]。 その背後にある物理的なメカニズムとして、運動する物体に乗った座標系(回転系)で現れる有効磁場と電子スピンとの結合(スピン-回転結合)が考えられました[4-6]。 しかしながら、これまでスピン流生成の主役を担ってきた、スピン軌道相互作用に着目した力学的スピン流生成の研究は行われて来ませんでした。
 私たちは、スピン軌道相互作用が力学的なスピン流生成へ及ぼす効果について調べるために、動的な格子歪みから誘起されるスピン蓄積およびスピン流の解析的な計算を行いました。その結果、スピン軌道相互作用を介した新しい力学的なスピン流生成メカニズムを理論的に発見しました。さらに、具体的な物質を念頭に、従来のメカニズム(スピン-回転結合)との定量的な比較を行ったところ、本研究が突き止めた新しいメカニズムが主要な寄与となりうることを見出しました[7]。

図1:スピン軌道相互作用を介した力学的スピン流生成の二つのメカニズム。
SOI はスピン軌道相互作用である。
 本研究が見出したスピン流生成メカニズムとして、格子歪みからスピン軌道相互作用によりスピン蓄積の勾配が生じ、その勾配に沿ってスピン流が流れる拡散過程(図1上)と、格子歪みから電流が生じ、スピン軌道相互作用によりスピン流へ変換されるスピンホール過程(図1下)の二つの過程があります。 スピン軌道相互作用の強い材料では、これらのメカニズムが力学的スピン流生成に対して主要な役割を果たすことで、今まで以上に大きなスピン流を力学的に生成することが可能になると期待されます。
 最近、エレクトロニクスの分野では物体運動の工学的な応用が試みられており、発電床や電池レスリモコンなどで実用化されています。 そのメリットとして、電池を使わずにその場でエネルギーを生み出せる点、電池および配線を省くことで小型化できる点などが挙げられます。特に前者は、IoT(モノのインターネット)が抱える弱点である電源の確保を解決し得ると期待されています。 電流に加えさらにスピン流を用いれば、エレクトロニクスでは無視されていた絶縁体でも情報伝達を行える他、ジュール熱を伴わないためより幅広い物質を舞台とした新しいデバイス開発が可能となります。 本研究によれば、これまで以上に大きなスピン流を力学的に生成できることが示唆されます。 本研究を足掛かりに、スピン流の力学的な生成の応用と効率化に向けた関連実験や新物質探索が行われていくことが期待されます。
[1] S. J. Barnett, Phys. Rev. 6, 239 (1915).
[2] R. Takahashi, M. Matsuo, M. Ono, K. Harii, H. Chudo, S. Okayasu, J. Ieda, S. Takahashi, S. Maekawa, and E. Saitoh, Nature Physics 12, 3526 (2016).
[3] D. Kobayashi, T. Yoshikawa, M. Matsuo, R. Iguchi, S. Maekawa, E. Saitoh, and Y. Nozaki, Phys. Rev. Lett. 119, 077202 (2017)
[4] M. Matsuo, J. Ieda, E. Saitoh, and S. Maekawa, Phys. Rev. Lett. 106, 076601 (2011)
[5] M. Matsuo, J. Ieda, and S. Maekawa, Phys. Rev. B 87, 115301 (2013).
[6] M. Matsuo, Y. Ohnuma, and S. Maekawa, Phys. Rev. B 96, 020401(R) (2017).
[7] Takumi Funato and Hiroshi Kohno, J. Phys. Soc. Jpn. 87, 0703706 (2018).
戻る