スピントロニクス理論の基礎
電子の電荷とスピンの両方を上手く利用して、新しいエレクトロニクス技術を生み出そうという研究が世界各地で活発に行われています。この分野はスピントロニクスとよばれ、応用上の興味(要請)が主な原動力となっていますが、基礎物理学的にも興味深い現象の宝庫でもあります。私たちは主に、電流による磁化操作に関する微視的理論に取り組んできました。電流による磁壁移動の理論
電流を磁石(強磁性体)に直接流すことにより、磁石の向きをコントロールすることができます。2003年、電流で細線中の磁壁を動かすことに成功した実験に動機づけられて、私たちはその基礎方程式を(再)定式化しました [1]。その結果、電流が磁壁を駆動する機構に、「スピン移行効果」と「運動量移行効果」の2種類の異なったものが存在すること、スピン移行効果で駆動される場合には、通常の意味でのピン止め(試料の非一様性)が無い場合でも、磁気異方性による「内因性ピン止め」が存在することを見出しました。内因性ピン止めの有無については、その後論争がありましたが [2]、最近、その存在が実験的に明瞭に検証されました [T. Koyama et al., Nature Material, 10, 194 (2011).]。図1:スピン移行効果と運動量移行効果。
電流と磁化の相互作用に関する微視的理論
スピン移行効果は、電子と磁化を合わせた系の角運動量保存則に基づく効果ですが、現実の物質には、スピンの保存を破る効果(スピン緩和)が多少なりとも存在し、これが重要になる場合があります。(前項の論争もこれに関係していました。)したがって、微視的モデルから出発して、保存則に頼ることなく電流の効果(スピントルク)を計算できる理論的枠組みが必要となります。私たちは、そのような方法を2種類開発しました。それぞれ、微小振幅の方法 [3]、ゲージ場の方法 [4] と呼んでいます。これに基づく具体的な計算により、前項の論争にも理論的観点から決着をつけることができました。また、スピントルクの逆過程として、磁化が運動すると伝導電子のスピン流を引き起こす「スピン起電力」という効果が知られています。これについても、ゲージ場に基づいた微視的理論を展開しました [5,6]。また、スピントルクとスピン起電力を統一的に記述する理論の構築に取り組んでいます [7]。
図2:ゲージ場の方法における磁性不純物の取扱い。
Dirac 強磁性体、Rashba 強磁性体
前2項で説明した“電気磁気効果”は、スピン軌道相互作用に頼らなくても存在する現象ですが、スピン軌道相互作用があると新しい効果が加わることが最近認識されて盛んに研究されています。私たちは、Dirac 型や Rashba型のスピン軌道相互作用を(バンド構造に)もつ電子系(磁性体)に着目して、スピントルクや輸送係数を詳細に調べています。現実の対象物は、トポロジカル絶縁体を磁性体にした系("Dirac 強磁性体”)や、非対称に積層した磁性多層膜("Rashba 強磁性体”)です。2次元Dirac 強磁性体はとても変わった系で、最も基本的な効果であるスピン移行効果が存在しないことが分かりました[8]。Rashba 強磁性体では、スピン移行効果の数十倍もの速さで磁壁が動く機構を見出しました [9]。 3次元Dirac 強磁性体では、異常ホール伝導度が量子化されないホール絶縁体状態を見出しました[10]。- G. Tatara and H. Kohno, "Theory of Current-Driven Domain Wall Motion: Spin Transfer versus Momentum Transfer" Phys. Rev. Lett. 92, 086601 1-4 (2004).
- G. Tatara and H. Kohno, Phys. Rev. Lett. 96, 189702 (2006).
- H. Kohno, G. Tatara and J. Shibata, "Microscopic Calculation of Spin Torques in Disordered Ferromagnets" J. Phys. Soc. Jpn. 75, 113706 (2006), Editor's choice.
- H. Kohno and J. Shibata, "Gauge Field Formulation of Adiabatic Spin Torques" J. Phys. Soc. Jpn. 76, 063710 (2007).
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- J. Shibata and H. Kohno, "Spin and charge transport induced by gauge fields in a ferromagnet" Phys. Rev. B 84, 184408 1-12 (2011).
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- A. Sakai and H. Kohno, "Spin torques and charge transport on the surface of topological insulator" Phys. Rev. B 89, 165307 (2014).
- A. Sakai, PhD thesis (Osaka University, 2014).
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